知的・精神障がいのある方への災害時避難支援:自治体とNPOが連携すべきポイント
災害時における知的・精神障がいのある方への支援の重要性
自然災害発生時、全ての被災者への支援が不可欠ですが、特に知的障がいや精神障がいのある方は、災害という非日常的な状況下で様々な困難に直面しやすく、特別な配慮と支援が必要となります。情報理解の遅れ、コミュニケーションの困難、環境の変化への強い不安、感覚過敏による影響など、その困難は多岐にわたります。
これらの課題に対応し、知的・精神障がいのある方が安全に避難し、避難生活を送るためには、地域における平時からの準備と、災害発生時の迅速かつ適切な支援体制が不可欠です。特に、地域の実情や個人の特性を把握しているNPOや専門機関と、全体的な避難計画やリソースを持つ自治体との連携は、効果的な支援を実現する上で極めて重要となります。
知的・精神障がいのある方が災害時に直面する困難
具体的に、知的障がいや精神障がいのある方が災害時にどのような困難に直面しやすいかを見ていきます。
- 情報理解と判断: 災害に関する複雑な情報(避難指示、避難所の状況など)を理解することが難しい場合があります。また、混乱した状況下で適切な行動を判断することが困難になる可能性もあります。
- コミュニケーション: 自身の状況やニーズを言葉で伝えることが難しかったり、周囲の指示や説明を正確に聞き取ったり理解したりすることが難しかったりします。
- 環境変化への適応: 見慣れない場所(避難所など)や多数の人がいる環境、予測不能な状況など、普段と異なる環境への適応に強いストレスを感じることがあります。
- 感覚過敏: 騒音、強い光、人の密集、特定の臭いなどに過敏に反応し、体調を崩したりパニックに陥ったりすることがあります。
- 服薬や日課の中断: 常用薬の確保が難しくなったり、決まった時間に食事や休息をとるといった日課が乱れたりすることで、心身のバランスを崩しやすくなります。
- 見えにくい障がい: 外見からは障がいの有無が分かりにくいため、必要な支援が周囲に気づかれにくいことがあります。
これらの困難は、安全な避難行動を妨げたり、避難所での生活の質を著しく低下させたりする要因となります。
自治体、NPO、専門機関連携の重要性
これらの困難に対応するためには、自治体だけ、あるいはNPOや専門機関だけでは限界があります。それぞれの持つ強みを活かし、密接に連携することが不可欠です。
- 自治体: 災害対策の全体計画策定、避難所の設置・運営、広報、物資供給、関係機関との調整など、広範囲なリソースと権限を持ちます。
- NPO: 地域に根差した活動を通じて、対象者やその家族との信頼関係を築いています。個別のニーズや地域の実情に関する詳細な情報を持っている場合が多く、きめ細やかな支援や柔軟な対応が可能です。
- 専門機関(相談支援事業所、就労継続支援事業所、精神科病院、福祉施設など): 知的・精神障がいに関する専門的な知識や支援技術を持っています。対象者の日頃の様子や健康状態、必要な支援内容に関する具体的な情報を提供できます。
これらの主体が連携することで、対象者の情報を適切に共有し(プライバシーに配慮しつつ)、平時からの関係構築に基づいた顔の見える支援体制を構築し、災害時にはそれぞれの役割分担のもと、迅速かつ専門的な支援を提供することが可能となります。
連携して進めるべき具体的なポイント
自治体とNPO、専門機関が連携して知的・精神障がいのある方への避難支援を進める上で、以下のような点が重要なポイントとなります。
1. 平時からの連携体制構築
- 情報交換会の開催: 定期的に情報交換会や連絡会を開催し、互いの活動内容や連絡体制を確認します。地域の知的・精神障がいのある方の状況やニーズ、利用できる社会資源などに関する情報を共有します。
- 合同研修・訓練: 自治体職員、NPO職員、専門機関スタッフ、地域の支援者などが合同で、知的・精神障がいに関する基礎知識、災害時の対応、コミュニケーション方法などに関する研修を行います。避難訓練に知的・精神障がいのある方やその支援者が参加しやすいよう工夫し、連携を確認する機会とすることも有効です。
- 連絡先リストの共有: 災害発生時にすぐに連絡が取れるよう、関係者の連絡先リストを作成・共有します。
2. 個別避難計画への反映
個別避難計画は、知的・精神障がいのある方への支援において非常に重要なツールとなります。
- 特性に応じた計画策定: 本人、家族、NPO、専門機関、自治体などが協力し、対象者の障がいの特性、日頃の生活状況、パニックを起こしやすい状況、必要な声かけや支援方法、連絡先などを具体的に計画に盛り込みます。
- 情報共有の方法: 作成した計画や含まれる個人情報を、関係者間でどのように共有するか(どこまで、誰に、どのような方法で)を事前に取り決めておきます。プライバシー保護に最大限配慮しつつ、災害時に必要な情報が滞りなく伝わる仕組みが必要です。
3. 災害時の情報伝達の工夫
災害発生時、正確な情報を分かりやすく伝えるための工夫が必要です。
- 多様な伝達手段: 音声情報だけでなく、視覚的な情報(イラストや写真付きの避難所マップ、文字情報、ピクトグラムなど)を活用します。
- 分かりやすい表現: 専門用語を避け、短いセンテンスで具体的に伝えます。必要に応じて、写真や実物を使って説明することも有効です。
- 繰り返しと確認: 一度で理解できない場合があるため、根気強く繰り返し伝え、相手が理解できたかを確認します。
- 専門家の関与: NPOや専門機関のスタッフなど、普段から関わりのある支援者が情報伝達に関わることで、対象者が安心して情報を受け取れる場合があります。
4. 避難所での配慮と専門的支援
避難所は集団生活の場であり、知的・精神障がいのある方にとっては大きな負担となり得ます。
- 静かで落ち着けるスペースの確保: 可能であれば、他の避難者から少し離れた、静かで落ち着ける場所を提供します。間仕切りを活用したり、パーテーションで囲んだりすることも有効です。
- 専門知識のある支援者の配置: 避難所運営スタッフの中に、知的・精神障がいに関する知識や対応経験のある人材(自治体職員、NPOスタッフ、福祉専門職など)を配置するか、必要に応じて派遣できる体制を整えます。
- 日課の維持: 可能であれば、食事や休息の時間をある程度一定に保つなど、日頃の日課に近い生活を送れるよう配慮します。
- 感覚刺激への配慮: 避難所内の照明や騒音、臭いなど、感覚過敏を引き起こす可能性のある要因に配慮します。必要に応じて耳栓やアイマスクの活用を推奨します。
- 専門機関との連携: 避難所から地域の専門機関(相談支援事業所、精神科病院など)への連絡や、必要に応じた受診・相談につなげる体制を構築します。
情報共有の課題と解決に向けた視点
知的・精神障がいのある方に関する情報の共有は、プライバシー保護という重要な課題を伴います。しかし、災害時の命と安全を守るためには、必要な情報を関係者間で共有することが不可欠です。
- 平時からの同意取得: 個別避難計画策定時などに、災害発生時に支援に必要な情報を関係者間で共有することについて、本人や家族から可能な範囲で同意を得ておくことが望ましいです。
- 共有する情報の限定: 支援に必要な最小限の情報に限定し、必要以上の情報を共有しないよう配慮します。
- 情報管理体制の整備: 共有された情報が適切に管理され、目的外に使用されないよう、管理体制や規約を明確に定めます。
- 専門職間の連携: 福祉、医療、防災など、異なる分野の専門職が共通認識を持ち、守秘義務に配慮しつつ、必要な情報連携を図るための仕組みづくりを進めます。
まとめ
知的障がいや精神障がいのある方への災害時避難支援は、その特性ゆえに複雑で専門的な対応が求められます。自治体が全体の調整役となり、地域で日頃から対象者に関わっているNPOや専門機関が持つ専門知識や関係性を最大限に活かす連携体制を、平時から構築しておくことが不可欠です。
個別避難計画の実践的な活用、情報伝達の工夫、避難所でのきめ細やかな配慮、そしてプライバシーに配慮した適切な情報共有は、安全な避難と避難生活を送る上で欠かせない要素です。地域における顔の見える関係づくりを進めながら、それぞれの主体が持つ強みを連携させることで、誰もが取り残されない災害支援体制の実現を目指していくことが重要です。