災害時における情報共有を加速する自治体・NPO向けデジタルツールの活用
はじめに:災害時における情報連携の重要性
大規模災害が発生した場合、被災地では刻一刻と状況が変化し、多岐にわたる支援ニーズが生じます。特に、高齢者、障がいのある方、外国人住民など、いわゆる「災害時要配慮者」に対するきめ細やかな支援には、自治体、NPO、社会福祉協議会、専門機関などが密接に連携し、正確かつ迅速な情報共有を行うことが不可欠です。
しかし、従来の電話やFAX、対面での情報交換だけでは、情報伝達に時間を要したり、情報の偏りや重複が発生したりする課題が指摘されています。こうした状況を改善し、より効果的・効率的な支援を実現するために、デジタルツールの活用が注目されています。
本稿では、災害時における自治体とNPO間の情報共有を強化するために活用できるデジタルツールの種類、導入や選定におけるポイント、そして効果的な活用に向けた留意点について解説します。
災害時の情報共有に活用できるデジタルツールの種類
災害時における情報共有には、その目的や共有したい情報の性質に応じて、様々なデジタルツールが活用できます。以下に代表的なツールと、避難支援における活用例を挙げます。
1. コミュニケーションツール(チャット、メッセージングアプリ)
- 概要: リアルタイムでのテキストメッセージ、音声通話、ファイル共有などが可能なツールです。LINE Works、Slack、Microsoft Teamsなどが含まれます。
- 活用例:
- 自治体職員とNPO職員間の安否確認や状況報告。
- 特定の避難所や地区ごとの支援ニーズの情報共有。
- 現地の写真や動画の迅速な共有。
- 専門家チーム間の連携や情報交換。
2. クラウドストレージ・ファイル共有サービス
- 概要: インターネット経由でファイルやデータを保存・共有できるサービスです。Google Drive、Dropbox、OneDriveなどがあります。
- 活用例:
- 避難所リスト、支援物資リスト、要配慮者リストなどのデータ共有。
- 避難所運営マニュアルや各種様式の共有。
- 活動報告書や被害状況写真などのアーカイブ。
3. 情報集約・共有プラットフォーム(CMS、災害情報システム)
- 概要: 特定の目的に沿って情報を構造的に集約・共有するために開発されたシステムです。自治体が運用する独自の災害情報システムや、災害支援に特化したプラットフォームなどが該当します。
- 活用例:
- 避難所の開設状況、混雑状況、物資在庫状況の一元管理と公開。
- 被災者からのニーズ情報の集約と、関係機関への共有。
- ボランティア活動の進捗管理やマッチング。
- 要配慮者の所在や支援状況に関する情報共有(個人情報保護に最大限配慮した上で)。
4. 地理情報システム(GIS)
- 概要: 地図上に様々な情報を重ねて表示・分析できるシステムです。被災状況、ライフラインの状況、避難所の位置、要配慮者の分布などを可視化します。
- 活用例:
- ハザードマップと要配慮者名簿情報を重ね合わせた危険箇所や避難経路の検討。
- 避難所へのアクセス状況や、巡回支援が必要なエリアの特定。
- 被害状況マップの作成と共有。
5. ソーシャルネットワーキングサービス(SNS)
- 概要: 不特定多数または特定のグループ間で情報発信・共有が行えるプラットフォームです。Facebook、Twitter、LINE公式アカウントなど。
- 活用例:
- 自治体やNPOからの公式情報の発信(避難情報、支援情報など)。
- 被災地からの情報収集やニーズ把握(ただし情報の正確性には注意が必要)。
- 特定のコミュニティ内での情報共有や呼びかけ。
デジタルツール選定と活用のポイント
現場で実務に携わる方々が円滑にツールを利用するためには、以下の点を考慮してツールを選定し、運用体制を構築することが重要です。
1. 操作性と利用環境への適合
読者層にはデジタルツールに不慣れな方も含まれる可能性があります。直感的で分かりやすい操作性のツールを選ぶことが最も重要です。また、スマートフォンからでも容易に利用できるか、通信環境が不安定な状況でも一定の情報共有が可能か(オフライン対応や低容量モードなど)も確認が必要です。
2. セキュリティとプライバシー保護
特に要配慮者に関する情報を扱う場合は、セキュリティ対策が万全なツールを選ぶことが必須です。個人情報を含む情報を共有する際には、アクセス権限の設定、暗号化、利用者の認証など、厳格な管理体制を確立し、関係者間で共有する情報の範囲や方法について事前にルールを定めておく必要があります。
3. 費用と持続可能性
無償で利用できるツールもありますが、機能制限があったり、サポート体制が不十分であったりする場合があります。有償ツールを検討する場合、導入費用だけでなく、月額利用料やメンテナンス費用なども含めたコストを把握し、組織として継続的に利用できるかを検討します。助成金や補助金の活用も視野に入れると良いでしょう。
4. 既存システムとの連携
既に自治体やNPOが別のシステム(例: 避難者管理システム、ボランティア管理システムなど)を利用している場合、新たに導入するツールが既存システムと連携できると、情報の二重入力の手間を省き、効率的な運用が可能になります。API連携やデータのエクスポート・インポート機能の有無などを確認します。
5. 平時からの準備と訓練
災害発生からツールを導入・運用していては手遅れになることがほとんどです。平時から関係者間で利用するツールを決定し、アカウント設定やグループ分けを済ませておく必要があります。また、定期的に操作訓練や情報共有訓練を実施し、関係者全員が円滑にツールを使えるようにしておくことが重要です。
6. 運用ルールの明確化
どのような情報を共有するのか、誰が情報を発信するのか、情報の更新頻度はどのくらいにするのかなど、運用に関する具体的なルールを事前に定めておきます。情報が錯綜したり、重要な情報が見落とされたりすることを防ぐために、シンプルなルール設定が効果的です。
自治体・NPO間でのツール共有・連携を促進するために
自治体とNPOが共通のツールを利用することで、情報共有のスピードと正確性は格段に向上します。しかし、組織間の壁や予算、セキュリティに関する考え方の違いなどから、共通ツールの導入が難しい場合もあります。
そのような場合は、まず特定の情報(例: 避難所の開設・閉鎖情報、物資配布情報など)に限定して共有範囲を定めることから始めたり、双方の組織が利用しているツール間で可能な連携方法(例: 特定の情報のみ自動転送する、共有フォルダを設定するなど)を検討したりすることが現実的なアプローチです。
また、地域全体の災害対応プラットフォームとして、自治体が主体となり、NPOを含む関係機関が参加できる仕組みを構築する動きも見られます。こうした共通基盤の整備は、平時からの顔の見える関係づくりと並行して進めることで、より効果的な連携につながります。
終わりに:継続的な改善と人材育成
デジタルツールはあくまで情報共有・連携を円滑にするための手段です。最も重要なのは、ツールを使いこなす「人」と、組織・機関を越えて協力しようという「意識」です。
ツールの導入・活用は一度行えば終わりではなく、実際の災害対応や訓練を通じて課題を抽出し、ツールや運用方法を継続的に改善していく姿勢が求められます。同時に、デジタルツールの操作に不安がある方々へのサポート体制を構築するなど、組織内のデジタルリテラシー向上に向けた取り組みも不可欠です。
デジタルツールを賢く活用し、平時からの備えを強化することで、災害発生時における災害時要配慮者への支援体制をより強固なものにしていくことが期待されます。