災害時における避難行動要支援者の移動支援:自治体・NPO・地域住民が連携するポイント
災害時における避難行動要支援者の移動支援の重要性
大規模な災害が発生した際、自力での避難が困難な避難行動要支援者の安全確保は、喫緊の課題となります。特に、自宅や施設から指定避難所などへの移動は、道路状況の悪化や交通手段の寸断、介助者の不足など、様々な困難が伴います。この移動段階での迅速かつ適切な支援が、要支援者の生命を守る上で極めて重要です。
避難行動要支援者には、高齢者、障がいのある方、乳幼児、妊産婦、傷病者などが含まれます。それぞれの状況は異なり、必要とされる支援も多様です。画一的な対応ではなく、個々のニーズに応じたきめ細やかな移動支援体制を構築するためには、自治体、NPO、地域住民、関係機関が一体となった連携が不可欠となります。
移動支援における具体的な課題
災害時における避難行動要支援者の移動支援には、以下のような具体的な課題が存在します。
- 個別の状況把握の困難さ: 災害発生直後は情報が錯綜し、対象者の居場所、心身の状態、必要な介助内容、同行者の有無などをリアルタイムに把握することが困難です。
- 移動手段の確保: 車いす利用者や寝たきりの方など、特別な配慮が必要な方の移動には、福祉車両やストレッチャー、複数名の介助者が必要となる場合があります。一般車両や徒歩だけでは対応できないケースが多いです。
- 介助者の不足と安全確保: 避難行動要支援者一人あたりに必要な介助者の数を確保することが難しい場合があります。また、介助者自身の安全確保も同時に考慮しなければなりません。
- 避難経路の情報不足: 災害により道路が損壊したり、浸水したりすることで、事前に想定していた避難経路が使えなくなることがあります。代替経路の安全性を迅速に確認し、共有する仕組みが必要です。
- 情報伝達の遅れ: 電話回線の混雑、停電による通信手段の途絶などにより、避難指示や支援要請、安否情報などの重要な情報伝達が滞る可能性があります。
これらの課題を克服し、実効性のある移動支援を実現するためには、平時からの準備と、災害発生時における迅速かつ柔軟な連携が求められます。
自治体が担うべき役割
自治体は、避難行動要支援者対策において中心的な役割を担います。移動支援に関しては、以下のような取り組みが重要です。
- 個別避難計画の策定促進と活用: 避難行動要支援者名簿に基づき、対象者ごとの避難先、避難を支援する者、移動手段などを具体的に定めた個別避難計画の策定を促進します。策定された計画情報を、本人の同意を得た上で、地域のNPOや自主防災組織などと共有する仕組みを構築します。
- 避難手段・資機材の準備: 自治体が保有する公用車や福祉車両の活用計画を立てるとともに、必要に応じて民間事業者との応援協定などを締結します。また、簡易車いすや担架などの移動支援に必要な資機材を避難所や地域の拠点に備蓄します。
- 災害時情報の提供: 災害発生時には、避難指示・勧告の情報に加え、避難所の開設状況、周辺道路の通行止め情報、危険箇所情報などを分かりやすく提供します。特に避難行動要支援者には、電話や個別の情報伝達手段なども活用し、確実に情報が届くように努めます。
- 関係機関との連携体制構築: 地域のNPO、社会福祉協議会、自主防災組織、医療機関、福祉施設、警察、消防など、移動支援に関わる可能性のある全ての関係機関との間で、平時から連絡体制や役割分担について協議し、取り決めを行います。
NPO・地域住民が担うべき役割
地域で活動するNPOや自主防災組織、民生委員・児童委員、そして地域住民一人ひとりは、避難行動要支援者にとって最も身近な存在です。以下のような役割が期待されます。
- 平時からの関係構築と状況把握: 対象者宅を定期的に訪問するなど、平時から顔の見える関係を築き、個々の生活状況、健康状態、災害時の支援ニーズなどを把握しておきます。これにより、災害発生時の安否確認や必要な支援内容の判断が迅速に行えます。
- 個別支援の実践: 個別避難計画に基づき、または計画がない場合でも、地域の状況や対象者のニーズに応じて、具体的な声かけ、避難への誘導、移動介助、荷物運びなどを実際に行います。
- 移動手段の確保と提供: 自家用車での送迎、手押し車や車いすの準備、徒歩での付き添いなど、地域で可能な範囲での移動手段を提供します。
- 現場情報の共有: 災害発生時の対象者の安否、必要な支援内容、地域の被害状況など、現場で得た情報を自治体や関係機関に迅速に報告します。
- 人的資源のコーディネート: 地域で協力可能な住民やボランティアを募り、移動支援に必要な人手を確保・調整します。
実効性のある連携のためのポイント
自治体、NPO、地域住民が連携して移動支援を実効性のあるものとするためには、以下のポイントが重要です。
- 情報共有の仕組み構築: 避難行動要支援者名簿や個別避難計画の情報は、プライバシーに配慮しつつも、災害時には迅速に必要な関係者間で共有される仕組みが必要です。情報共有協定の締結や、限定的な範囲での情報開示ルールなどを事前に定めます。アナログな連絡手段(電話、ファックス、伝言ゲームなど)とデジタルツール(SNS、専用アプリ、情報共有システムなど)を組み合わせ、状況に応じて使い分けられるように準備します。
- 役割分担の明確化: 「誰が」「いつ」「誰を」「どこまで」「どのように」支援するのか、平時から具体的な役割分担について合意形成を図ります。特に、災害発生後の初動段階における安否確認と移動支援の担当を明確にしておくことが重要です。自治体は全体の調整役として、NPOや地域組織の活動を後方支援します。
- 合同訓練の実施: 平時からの関係構築に加え、実際の災害時を想定した合同訓練を実施します。避難行動要支援者役を設定し、安否確認から移動介助、避難先への誘導までの一連の流れを確認することで、連携上の課題や手順の不明確な点を洗い出し、改善につなげます。移動介助の方法に関する研修なども有効です。
- 多様なニーズへの対応力の向上: 高齢者、肢体不自由、視覚障がい、聴覚障がい、知的・精神障がい、難病、日本語が不自由な外国籍住民など、避難行動要支援者のニーズは多岐にわたります。それぞれの特性や必要な支援について、関係者間で知識を共有し、対応力を高める研修などを実施します。
結論
災害時における避難行動要支援者の安全な移動を確保することは、誰一人取り残さない防災・減災対策の根幹をなす取り組みです。この実現のためには、自治体による全体計画の策定と環境整備、NPOや地域住民によるきめ細やかな現場での実践、そしてこれらを結びつける強固な連携体制が不可欠です。
平時からの「顔の見える関係づくり」を通じた信頼構築と、情報共有や役割分担に関する具体的な取り決め、そして定期的な合同訓練の実施が、災害発生という非常時において、迅速かつ効果的な移動支援を可能にします。地域の特性や資源に応じた最適な連携のあり方を常に模索し、実践していくことが求められています。